メンタルヘルス不調などで休職していた社員から、復職の申し出と共に診断書が提出される際、判断に迷うことはないでしょうか。
- 「復職可。ただし、当面は負担の少ない業務に限る」
- 「就業可能だが、残業は不可とする」
人事労務担当者様としては、「負担の少ない業務とは具体的に何か?」「本人は働きたいと言っているが、休職を繰り返している方なので、今回は大丈夫か?」「本当に安全配慮義務を果たせるのか?」などと頭を抱えてしまうケースも多いはずです。 実は、こうした現場の混乱は、診断書に書かれた内容が「医学的な禁止事項」なのか、それとも「本人の辛さへの配慮」なのかが混ざっているために起こります。
本記事では、米国医師会(AMA)のガイドラインで記載されている「リスク・キャパシティ・トーレランス」というフレームワークを用いて、条件付き復職に対応するための思考法を解説します。
復職判定を分解する「3つの要素」
AMA(米国医師会)のガイドラインでは、職場復帰の診断書を記載する医師に対して、以下の3つの要素を区別することを推奨しています。人事労務担当者様が診断書を見た際、「これはどの要素の話をしているのか?」と分類することで、対応策が明確になります。
1. リスク(Risk):医学的な危険性 「その業務を行うと、病状が悪化したり、事故を起こしたりする危険がある状態」です。
- 例: てんかん発作の懸念があるため、高所作業や運転を禁止する。感染症のリスクがあるため、人混みでの業務を禁止する。
- 企業のとるべき対応: これは絶対的な禁止事項(Restriction)です。本人の意欲に関わらず、企業は安全配慮義務としてこれに従う必要があります。
2. キャパシティ(Capacity):物理的な遂行能力 「その仕事に必要な動作や能力が、物理的・機能的に欠けている状態」です。
- 例: 腕が上がらず、高い位置のボタン操作ができない。計算能力が後遺症で大きく低下しており、ミスの許されない計算業務ができない。
- 企業のとるべき対応: これは物理的な限界(Limitation)です。本人に意欲があったとしてもそもそも業務遂行ができない状態を指します。その能力が欠けた状態で業務が回るのか(周囲のサポートや、補助具を使うことで対応可能か)、業務遂行能力の観点から判断します。
3. トーレランス(Tolerance):忍容性(本人の辛さ) ここが最も判断が難しく、トラブルになりやすいポイントです。 トーレランスとは、「痛みやダルさ、不安などの不快な症状に、本人がどこまで耐えられるか」という主観的な限界点です。
- 例: 「腰は痛いが、我慢すれば座っていられる」「不安はあるが、時短勤務なら頑張れる気がする」
- 企業のとるべき対応: これは医学的な「禁止」や「能力が欠けていためできない状態」ではありません。そもそも医学で線引きすることが難しい領域であり、本人と会社とで「調整を行う領域」です。
診断書の「裏側」にある意図を見抜く
主治医の先生は患者さんが退職したとしても、主治医-患者関係が続くことや、職場でその患者さんが業務遂行のためにどのような能力が必要かを完全に把握することは難しいです。そのため、どうしても本人の話に基づいた判断を出してしまう傾向があります。「本人が辛そうだから(=トーレランスの問題)」「本人がそう希望しているから」という理由で、「半日勤務」や「軽作業」という診断書が提出されることがあります。
AMAのガイドライン上では、そもそも医師はトーレランスに立ち入らず、せめて「~という訴えがあるため、職場との調整が望ましい」などの書き方が推奨されていますが、実際のところはそうはなっていません。企業側が、トーレランスに基づいて書かれた診断書に対して、リスクやキャパシティの課題であると誤解して対応すると、誤った判断をしてしまいます。
- 例: 休職中の社員から、長時間の座り仕事は痛くて辛い(=トーレランス)ため、主治医から「時短業務を要する」という診断書が提出された事例。
- 誤った対応1: 「万全ではないから休職継続」としてしまう(働けるのに、リスクやキャパシティの問題として働けないと誤解)。
- 誤った対応2: 理由を確認せずに、診断書通りに「時短業務を探して就業」としてしまう(本人にとって診断書を出せば、会社が全ていうことをきいてくれるという誤った成功体験となる)。
- 正しい対応: 本人になぜ時短業務が必要なのかを会社からヒアリング。産業医と連携して主治医に判断理由を確認する。そのうえで、時短業務への配置転換が可能であれば検討するが、座る姿勢を取らないように作業方法を検討するだけで従来の業務を行える可能性も模索して、本人と会社にとって許容できる条件を検討する。
一切はねのけることも、逆に、全部言うことをきくのも、その場は良いかもしれませんが、長期的な視点で考えると、推奨できません。
産業医を活用した「交通整理」
このように、復職判定においては「医学的に譲れないライン(リスク・キャパシティ)」と、「話し合いで調整可能なライン(トーレランス)」を明確に分ける必要があります。
人事労務担当者様だけで、この二つの境界を判断することは困難です。そこで、産業医の出番となります。 私たち産業医は、主治医先生に対してリスクやキャパシティ(医学的に判断が必要=安全配慮義務の問題が大きい)が課題なのか、トーレランス(本人と職場の条件調整が必要=産業医ではなく、人事労務担当者様の得意分野)の問題なのかを、情報連携(一般的には書面でのやり取り)をいたします。
情報連携を行うことで、リスク・キャパシティが背景にあるのであれば、さらに必要な安全配慮義務上の措置の提案、トーレランスが主であれば従業員ご本人と人事労務担当者様との間で交通整理を行い、課題の解決を図ります。
まとめ
曖昧な診断書を受け取った際は、即座に「従う・従わない」を決めるのではなく、「これは、医学的に従う必要がある診断書なのか、本人と条件調整が必要な内容なのか」を一度立ち止まって考えてみてください。
ファクトリーヘルス株式会社では、こうしたロジカルなフレームワークに基づき、主治医と連携しながら、会社と従業員双方が納得できる復職支援プロセスを構築する支援を行います。「判断に迷う診断書」への対応にお困りの際は、ぜひ一度ご相談ください。

